おやすみなさい

Daily Devotional Audio

人は死んだらどこへ行くのでしょうか?ガーナでは、死後も仕事や人生の他の側面を続けることができると信じられています。現地では、ライオンやスポーツシューズ、飛行機などを模して作られた「ファンタジー棺」を選ぶ人が多くいます。

首都アクラではファンタジー棺への需要が高いが、地方ではそれほどではない。地元住民はこうした棺をわずか1,000米ドルで購入できるが、最高級のものを求める海外の顧客は15,000米ドルも支払うことがある。

しかし、こうしたファンタジー棺――あるいは他のどんな棺であっても――には面白い点がある。どの棺も、最終的には同じ場所、つまり墓にたどり着くのだ。

「シェオル」はヘブライ語で「墓」を意味し、聖書の節にはしばしばその音写が用いられている。ほぼすべてのケースにおいて、シェオルは人の最後の行き先として定義されている。 煉獄もなければ、天国の「待合室」もなく、亡き人が向かうべき場所などどこにもありません。神がダビデを敵の手から救い出されたとき、ダビデは「シェオルの苦しみはわたしを取り囲み、死のわながわたしの前に立ちはだかった」(サムエル記下 22:6)と振り返りました。

これまでに亡くなったほぼすべての人がシェオルにいて、「いのちの復活」あるいは「さばきの復活」(ヨハネ5:29)を待っています。 遺体が塵と化してしまった人や、火事やその他の事情によって遺体が何らかの形で破壊されてしまった人も、同様に復活を待っています。なぜなら、神は一人ひとりを覚えておられるからです(ヨブ記14:13)。

死んでしまえば、それきりであり、その肉体は神の裁きを待つことになります。だからこそ、生きている間にイエスを救い主として受け入れることが極めて重要なのです。死後は、考えを変える機会はありません(ヨハネ5:24)。

しかし、キリストを信じる者たちには、未来に関する素晴らしい知らせがあります。パウロがコリントの信徒への手紙第一15章55節で述べたように、「死よ、お前の刺はどこにあるのか。ハデスよ、お前の勝利はどこにあるのか」。

実践:

もし誰かが「死後も意識のある状態が続く」とあなたに言ってきたら、今こそ墓に関する聖書の真理を分かち合うべき時なのかどうか、神に示してくださるよう祈りましょう。

さらに深く学ぶ:

創世記 37:35;使徒行伝 2:27, 31;黙示録 20:13