天国が退屈ではない5つの理由
暗黒時代に生まれた神話によって、聖書が描く天国の姿は、もはや見分けがつかないほど歪められ、完全に間違ったものとなってしまいました。悲しいことに、今でも多くの人々がこの古い作り話を信じ込んでいます。
しかし、聖書はそのような誤解を払拭してくれます。聖書は天国を神が住まわれる場所であると明言し(歴代誌第二 6:21)、主に仕えることを選んだ人々のために、主が素晴らしい未来を用意してくださっていることを保証しています。イエスは、ご自身の信徒たちを御自身のもとに迎え入れるために再臨することを約束されました。それは「わたしがどこにいるか、あなたがたもそこにいるため」です(ヨハネの福音書 14:3)。
そしてやがて、神は私たちの住むこの地を新たに創造し、まさにこの場所で私たちと共に住まわれるのです(黙示録21:3)。その時、私たちの故郷であるこの地球こそが、天国となるのです。天国が決して退屈ではない、その5つの理由をご紹介します……
1. 私たちは耕し、家を建てるでしょう。預言者イザヤは 、新しい地についてこう記しています。「彼らは家を建ててそこに住み、ぶどう畑を植えてその実を食べる」(イザヤ書65:21)。私たちは神の偉大な都、新しいエルサレムに住まいを持つことになりますが、地上にも自分たちの田舎の家を建てることになるのです。
2. 私たちは息をのむような自然に囲まれます。天国には飼いならされた生き物たちがあふれています(イザヤ11:6–9、65:25)。動物や美しい景色、あるいは科学の研究を楽しむ人なら、それらの分野で尽きることのない活動を見つけるでしょう。私たちは宇宙を探索することさえできるのです。
3. 私たちは愛する人たちと再会します。キリストに仕えることを選んだ家族や友人がそこにいるでしょう。 聖書は、私たちが復活した姿でお互いを認識できることをはっきりと教えています。例えば、テサロニケ人への手紙第一4章13節、14節にはこうあります。「兄弟たちよ、眠りについた人々について、あなたがたが無知であるようなことがあってはなりません。そうすれば、希望を持たない人々のように悲しむことになるからです。もし、イエスが死んで復活されたと私たちが信じるなら、神はイエスにあって眠っている人々をも、イエスと共に連れて来られるからです。」
4. 私たちは数え切れないほどの新しい友人を得ることになります。 歴史上のあらゆる時代の人々と交流し、彼らの魅力的な物語を聞くことができ 、聖書で読んだ人物たちと直接知り合うことさえできるでしょう 。イエスはマタイによる福音書8章11節でこう言われました。「東から西から多くの人が来て、天の御国でアブラハム、イサク、ヤコブと共に食卓を囲むことになる。」
5. 何よりも素晴らしいのは、私たちが偉大なる神と直接対面し、私たちの救い主イエスと共に時を過ごせることです。「彼らは神の御顔を見る。彼らの額には神の御名が記されている」(黙示録22:4)。
永遠の時間を満たすものは、他にもたくさんあります。例えば、今まで食べた中で最も美味しい料理を味わい、今まで聞いた中で最も心を揺さぶる音楽を聴き、それに参加し、神の栄光の御座の前で礼拝し、天使や他の被造物との関係を築き、その他数え切れないほどの活動などです。
聖書にはこう記されています。「目が見たこともなく、耳が聞いたこともなく、人の心に思い浮かんだこともないようなことを、神は御自身を愛する者たちのために備えておられる」(コリント人への手紙第一 2:9)。神はあなたを深く愛しておられ、あなたが楽しむために、宇宙の至る所に想像を絶する多様性と驚異を創造されました。
天国が退屈ではない、あなたのお気に入りの理由をぜひ下記にお書きください。さらに詳しく知りたい方は、当サイトのウェブサイトwww.isheavenforreal.com をご覧ください!
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