単なる「何でも屋」以上の存在
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「権威の確立」と呼ばれる戦略において、企業リーダーたちは、企業が1つか2つの特定の分野において専門知識を有していると自らを位置づけることを推奨しています。その考え方は、企業があらゆる分野に精通しようと努めるのではなく、いくつかの分野に焦点を絞り、深い知見を示すというものです。そうすることで、世間はその企業をその特定の分野における権威と見なし、その企業を求めるようになるのです。
この戦略とは対照的なのが、イエスによって示された権威です。イエスはご自身の死と復活によって、地上の教会を導く権威を含め、すべてのものに対する権威を受けられました。これは、教会内でどのような立場にあるかに関わらず、すべての権威がイエスから発していることを意味します。 イエスが始められた救いの業こそが、そもそも様々な役職を確立する権威をもたらしました。「神ご自身が、ある人々を使徒とし、ある人々を預言者とし、ある人々を伝道者とし、ある人々を牧者や教師として与えられたのです」(エペソ人への手紙4章11節)。
この権威を適切に維持するために、キリストは、教会内のいかなる個人も権力を乱用することを防ぐべく、聖書を授けられました。初代教会においてテモテが受けた権威は、イエスによる救いに関する彼の知識に基づいており、それに導かれていました。これは使徒パウロによっても認められています。「あなたは幼い頃から聖書を知っています。それは、キリスト・イエスにある信仰による救いの知恵を与えるものです。 聖書はすべて、神の霊感によって書かれたもので、教え、戒め、矯正、義の訓練のために有益であり、神の人が、あらゆる良い働きのために十分に整えられた者となるためです」(テモテへの手紙第二 3:15–17)。
これは、テモテや他のどの信徒にとっても、聖書こそが教会におけるあらゆる働きに力を与え、導くのに十分であることを意味していました。誰もが同じ種類の働きに召されているわけではありませんが、すべての人が聖書に頼るべきなのです。
実践:
教会の指導者や兄弟姉妹に、教会におけるどのような働きが自分に最も適しているか尋ねてみましょう。
さらに深く学ぶ:
エペソ人への手紙 4:7–10, 12, 13;ヨハネによる福音書 16:13–15;コリント人への手紙第一 11:23–29